上野 寛永寺 根本中堂

上野寛永寺 根本中堂


用事があって上野へ行き、1時間ほど空き時間ができたので
....といっても1時間では博物館には足りないし...と思い
何度も上野に行っているのに、今まで1度も行ったことの無い
寛永寺の根本中堂を見ようと思い、行ってみました。
博物館の左をまわり、芸大の裏手のほうです。

正式には、『東叡山 寛永寺』
つまり、東の比叡山という意味のようで
寛永二年(1625年)幕府と万民の安寧を祈り
江戸城の鬼門(東北)にあたる上野の台地に創建され
第三代以来、山主は皇室から迎えられ
江戸市民の誇りだったという “上野の寛永寺”
当時は、上野〜鴬谷一帯に広大な敷地があり
諸大名が奉納したお堂もたくさんあったそうです。
現在の噴水辺りに根本中堂があって
幕末の戊辰戦争の時、彰義隊の戦争で官軍(薩長)が放った火で
大部分が焼失したそうです。
その後、明治政府に没収され、明治12年に再興
現在の場所に根本中堂を再建したということです。

お堂の中には、黒地に金で徳川家の大きな葵の紋が
たくさん織られた幕が張り巡らされていて
その奥には、秘仏の薬師瑠璃光如来像(重文)、
日光菩薩、月光菩薩が安置されていますが非公開なので
その扉の前にある前立ちの薬師如来のみお詣りしてきました。

1625年というと長く続いた戦国の世が、やっと収まる頃。
これでもう、戦は嫌だと疲れた大名・武将たちは
それまでの戦で犠牲にした敵、味方、親族たちの鎮魂のために
寺社を建て、太平が続くことを願ったのでしょう。


上野の森の紅葉はまだ始まったばかりでした。

PA200241.jpg

ここで幕末の戦があったなんてね。
忘れていました。。

2016年10月28日 未分類 トラックバック:0 コメント:0

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