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藤本能道 展 / 智 美術館へ

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晩秋の日、虎ノ門にある 菊池寛実記念 智 美術館へ
「生誕100年、生命を描いた陶芸家 藤本能道」の
展覧会へ行ってきました。

人間国宝 藤本能道 氏は、私の好きな作家のひとりである
小山弘治さんの芸大時代の師でもあったのですが
まとめて多くの作品を見たことが無かったこともあり
氏が1992年に亡くなられたあと
この智 美術館で回顧展があった時に見逃していたので
今度こそは、と思って行きました。

そこで、氏が富本憲吉さんに師事されたことなど
今まで知らなかった事も知りました。
そういえば初期の作品は、絵柄や色使いが
富本憲吉さんに似ているし
小山弘治さんの作品も、構図などが藤本氏の作品に
そっくりな時期があって
そこからどう、自分ならではの作品に
していかれるかが、とても難しいんだな、と
感じます。
ずっと先生そっくりな作品、というわけには
いかないですから。

藤本氏の作品は、自然の情景を美しい構図で
純白の磁器の上に表現されたもので
余白の効果が生き生きとしていて
息を呑むような妖しさも感じさせられます。


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その白、白磁の地肌に、透明釉なんだと思っていましたが
行ってみて知ったのは
草白釉、雪白釉、霜白釉と釉薬がかけられている事です。
上にくる色絵に合わせて
下地の白も微妙に変えられていたんですね。
これは驚き。さすが、と思いました。

やはりグレードの高い作品を
たくさん見ることは
本当に大事です。

良い一日でした。

12月1日までです。
智 美術館 HP は https://www.musee-tomo.or.jp/exhibition/


2019年11月16日 色絵 トラックバック:0 コメント:0

中尾郁夫さんの片口

中尾郁夫 茶海(片口)
中尾郁夫 色絵茶海


すでに終了してしまいましたが
銀座で中尾郁夫さんの個展があって
前から欲しいなと思っていた片口を
買うことができました。

個展はとても盛況だったようで
初日は、ファンの方たちで大変賑わったそうです。
私が伺ったのは3日目でしたが
もう作品もずいぶん少なくなっていました。

作者の中尾さんは、中国茶のお道具や香炉などがお得意で
以前、陶房におじゃましたとき
奥様が美味しい台湾のお茶をいれて下さいました。
そのとき、中国茶では "茶海” という片口をお使いで
日本茶では湯温調節のために湯冷まし(片口)を使うけれど
中国茶では、お茶を片口に入れて濃さのムラをなくすために
使うのだと教えていただきました。

なるほど、中国茶と日本茶では
お湯の適温が違いますから、片口を使うのでも
「湯冷まし」と「茶海」というように
呼び方も違うのですね。

私は、湯冷ましにも茶海にも
またミルクピッチャーにも使える片口がほしいと
前から思っていました。

中尾さんの、おおらかで品のある絵付けはもちろんですが
器を上から見ると、桃の形をしているところがおしゃれで
特にこれが気に入り、選びました。
素敵でしょ。

中尾郁夫 茶海(片口)


こちらは、反対側

中尾郁夫 茶海(片口)


中尾さんの器ではおなじみの、蜂もいます。

中尾郁夫 茶海(片口)


こんな感じのものが欲しいと思っていたので
久しぶりに満足なお買物! でした。

2015年06月18日 色絵 トラックバック:0 コメント:0

花の兄

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中尾郁夫 角小付


立春が春のはじまりだとすると、節分は冬、最後の日。
豆まきをして邪気を祓い浄め
新たに福を呼び込んで、春をお祝いしたいですね。
でも、邪気ってなんだろう。。
人の心が生み出す、疑心暗鬼のようなものかな。
気付かないうちに自分の内側に生まれるんだろうな。

疑心暗鬼って、ツライですよね。
本人が一番つらい。。鬼は外!です。

そんな邪気を、梅の香りが清めてくれる。
春、一番はじめに咲く花、梅のことを
「花の兄」とも言うようです。
「花の弟」は、秋の菊。
どちらもいい香りがする、花の兄弟ですね。

冷たい空気のなかで、梅のまん丸なつぼみの
いい香りに気がつくと、二月になったんだなぁと思います。

「此の花(このはな)」っていうと、古今集では梅のこと。
古事記では、”このはな咲くや姫” は桜の精だったりするけれど
梅が中国から渡来したのは、奈良時代だと聞いた気がするので
漢詩にもよく登場する梅の、高貴な雰囲気に
大陸への文化的な憧れも合わさって
花と言えば、梅、と言われたのでしょうね。

ちなみに着物の柄などによく見られる「四君子」は
梅・蘭・竹・菊で、気品ある草木として
君子にたとえられます。


一月と二月とでは、気温は同じくらいでも
まだこれから雪が降ったとしても
春になった分だけ、気持ちは違うかな....なんて
思います。

2015年02月03日 色絵 トラックバック:1 コメント:0

戸栗美術館へ

今回は写真はないのですが・・・
渋谷・松濤にある戸栗美術館で
『古九谷・柿右衛門・鍋島 展』を観てきました。

古九谷・柿右衛門・鍋島焼、これ全部
伊万里(有田)がおおもと、ルーツです。

1600年頃までは、磁器は中国からの輸入品で
まだ、日本では磁器を作ることができなかった時代です。

秀吉の朝鮮出兵から帰国のとき、同行してきた朝鮮の陶工たちが
有田周辺に窯を築き、磁器の土を発見したりして
やっと日本でも磁器を作れるようになったのが
1616年頃です。
でも、この頃は朝鮮でも染付の技術しかなかったし
磁肌も青みがかった白で、今のように真っ白には
出来なかった時代で、
赤絵、色絵の焼き付けが出来るようになったのは
それからまだ、30年ほどあとです。

そして今の古九谷の様式、柿右衛門の様式、鍋島焼、と
特長が分かれていくまでの、図案・絵付け・器の形が
それぞれ入り交じったその頃の作品が
あぁ、これは九谷っぽい図柄だ、とか
柿右衛門っぽい構図だな、とか
形は九谷みたいだけど色は鍋島、とか.....
なかには、京焼の仁清風の絵付けもあって
京へのあこがれもあったのかなとか、
自由さも感じて、なかなか興味深かったです。

そのあと、濁し手といわれる赤の発色にふさわしい乳白色の磁肌が
安定して作れるようになり、美しい柿色が優美な柿右衛門、

そして、もしかしたら加賀藩の命令で陶工が潜入していた
かもしれない、濃厚な色使いで器を埋め尽くす九谷の青手、

また、その頃にはすでに中国からの輸入が困難になっていたらしく
鍋島藩のお殿様が宴会や贈り物に使うために作る鍋島へと
三者三様の必要に応じるように変化・発展していったのです。

なかでも、鍋島は格調高い焼きもので、厳格なルールに守られ
明治になって鍋島藩が廃藩になるまでは
ほとんど庶民は見たことがない、というほど
大事に扱われた器なので、完全無傷の作品が多く残っていて
熱海のMOA美術館でも、たくさん観ました。

今回行った戸栗美術館は、鍋島藩の江戸屋敷があった場所です。


あぁ、好きな時代の焼き物なので
つい長くなってしまいましたが
本当はもっと書きたいくらいです。
でも、また、そのうちに・・、っと。

2014年12月08日 色絵 トラックバック:0 コメント:0

青呉須

高橋芳宣 青呉須8寸皿
高橋芳宣 青呉須8寸皿

竜宮城の住人たちを描いたような絵付けの「青呉須」です。


呉須は、染付に用いる顔料で、中国では「青花」と呼ばれます。
日本では「呉須」は染付のもの。
それらは、下絵を描いた上に透明釉が掛けられています。

しかし「呉須赤絵」は赤を基調に緑・黄・ブルーなど主に五彩で
上絵付けされたもの。

そして「青呉須」は、ブルーを基調にしながら赤なども使って
上絵付けされたもの。
なんだか異国的で、旅人のような雰囲気を感じられるものが
多いようです。

時代では、中国で明末期頃に焼かれ
厚めの素地の民窯の磁器で、その時代の大量生産品なのですが
それらの総称を「呉須手」と呼び
日本に持ち込まれると、その自由で伸びやかな筆致の絵模様が
茶人に好まれ、現代に至るまで日本人好みのひとつになっています。

青呉須のブルーは作者によって濃淡がありますが
絵の中にその色を見つけると
なんだか宝石を見つけてしまったようなワクワクする気持ちを
いつも感じてしまいます。
好きですね。。

2014年05月10日 色絵 トラックバック:0 コメント:0

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